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東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)2204号 決定 1967年7月12日

申請人

五十嵐昭司

外七名

右八名代理人

鍛治利秀

外七名

被申請人

株式会社亜細亜通信社

右代理人

春田政義

主文

一  本案判決確定にいたるまで、

(一)  申請人らが被申請人に対し労働契約上の権利を有する地位を定める。

(二)  被申請人は申請人らに対しそれぞれ別紙債権表(B)欄記載の金員を支払い、かつ昭和四二年一月以降、毎月二五日限り同表(A)欄記載の金員を支払え。

二  申請人らのその余の申請を却下する。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一  当事者双方の申立

一申請の趣旨

主文一項および三項と同旨のほか、「被申請人は申請人らに対しそれぞれ別紙債権表(C)欄記載の金員を支払え」

二反対申立の趣旨

「申請人らの申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とする」

第二  当裁判所の判断

一被申請人(以下、「会社」ともいう。)が中華民共和国(以下、「中国」という。)およびこれと密接な関係にあるアジア諸国に関するニュース、解説、資料および写真の国内報道機関等への提供ならびに日本に関するニュース、解説、資料および写真の海外報道機関への提供等を目的とし、東京都中央区築地に本社を設け従業員約五〇名を擁して営業していたものであること、申請人らがかねて会社に従業員として雇傭され、また会社の従業員をもつて構成されている申請外亜細亜通信労働組合(以下「組合」という。)に加入したこと、ところが会社がその就業規則第三条および第五条違反の事由があるとし、同第三八条本文および第三号を適用して、申請人篠原則省、金丸一夫、川越正博、五十嵐昭司、加藤平八、および河合孝二に対し昭和四一年一一月八日付、申請人玄間太郎および中村梧郎に対し同月一四日付をもつて、それぞれ解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

二申請人らは右解雇をもつて労働協約違反であると主張するので、以下、この点につき考察する。

(一)  (労働協約の存否)

会社と組合との間に昭和三一年五月三〇日労働協約が締結されたが、その付則一に「この協約の有効期間は締結の日から一カ年とする。期間満了の一カ月前までに会社、組合のいずれからも改訂または解約の意思表示のないときはさらに一カ年有効とする。」との規定が存することは当事者間に争いがないところ、右規定は、その文言から考えても、協約の期間満了時に新協約が締結されていないため無協約状態が生じるのを避ける目的で、旧協約の効力を持続させる趣旨、すなわち単に旧協約の余後効を確認する趣旨の、いわゆる自動延長協定ではなく、むしろ協約の期間満了時に新協約を締結する煩雑を避ける目的で、その一定期間前に当事者の一方から改廃の申入がない限り、期間満了と同時に旧協約の効力を同一期間持続させる趣旨、すなわち実質的には旧協約と同一内容の新協約の締結を手続の省略によつて実現する趣旨の、いわゆる自動更新協定であると解するの相当であり、したがつて、右労働協約は右付則の規定に基き有効期間の満了に伴う自動更新を繰り返し命脈を保ち得る効力を備えていたものというべきである。なお、昭和四一年一一月八日会社の申入に基き(疎明による。)、会社と組合とが後出の経営協議会において労働協約中、組合員の資格に関する規定たる疎明による第一条の改訂につき協議をしたことは当事者間に争いがなく、また疎明によれば、会社から申請人らに交付された解雇通告書に記載された解雇の理由のくだりには申請人らの所為は組合と会社との間の労働協約の基礎を破壊するという文言があることが一応認められるが、これらの事実は労使双方とも右協約締結時から、協約が付則によつて当然、自動更新されるものと信じて疑わなかつたことを推認させ、前記付則の解釈を裏付けるものがある。

そして、会社がなした前記改訂申入のほかには、会社または組合が協約の期間満了の一カ月前に、その改訂または解約の申入をしたことを認むべき疎明がないから、右労働協約は締結の日から一年の期間を経過した昭和三二年五月三〇日を第一回として、自動更新を重ね、少くとも申請人らに対する前記解雇時も、なお有効に存続したものといわねばならない。

被申請人は右労働協約は最長有効期間を定めた労働組合法第一五条第一、二項により三年の期間経過とともに失効した旨を主張するが、協約の自動更新は前記のように実質的には新協約の締結とみられるから、右規定に抵触するものではないと解すべきであつて、右主張は理由がない。

(二)  (協議決定の趣旨)

次に、右労働協約第六条が「賃金その他の労働条件の変更、従業員の採用、解雇、休職、配置転換は協議会(後記の経営協議会を指すものと解される。)で協議決定する」と規定していることは当事者間に争いがない。

そして疎明によれば、右労働協約第四条は「会社と組合は経営協議会が設け、双方それぞれ若干名を選出して構成する」と、第五条は「経営協議会は毎月一回定期に開く、但し必要な場合には臨時にこれを開くことができる」と規定していること、右協議会は会社側は幹部会員(執行役員)組合側は執行委員(七名)を構成員とし、議長は双方で一回毎に交代して当つていたこと、従前、会社と組合との間においては本来団体交渉の対象たるべき事項についても団体交渉によらず、すべて協議会の協議決定によつて処理し、従業員の採用、休職、配置転換など(もつとも、解雇の事例がなかつたことは当事者間に争いがない。)、少くとも組合側が問題として取りあげる人事事項については協議会の手続を経、組合の同意なくしては実施されなかつたことが一応認められる。

そこで、右労働協約の規定内容および経営協議会運営の実情に即して考えると、右協約による経営協議会は従業員の解雇その他の人事の決定につき労使間の議決機関としての機能を与えられ、組合がこれを通して会社の経営に参加する仕組とされていたものと認めるのが相当であつて、右労働協約第六条の律意は結局、従業員の解雇その他の人事は会社が経営協議会の手続により組合と意見の一致をみない限り実施しない趣旨であると解されるから、協議会における協議決定を経ないで行われた解雇は当然その効力を否定されることになる。

被申請人は右労働協約第七条に基き組合の承認を得て作成された就業規則の適用により従業員を解雇するにつき、そのうえ経営協議会の協議決定を経べき理由はない旨を主張するが、就業規則において従業員の解雇の一般的基準を設定するにつき組合が承認したからとて、組合がその個別的適用につき経営協議会における協議決定権を放棄したものとは解し得ないから、被申請人の主張は理由がない。

(三)  (協議決定の有無)

疎明によると、昭和四一年一一月八日行われた前記協議会において、会社は議題として予定にない申請人五十嵐、金丸、河合、加藤、川越および篠原の解雇につき緊急討議すべく突如提供したが、組合はこれを重要な問題として事情聴取に止むべく主張したので、議長(組合側)は右提案につき会社の説明を受けるに止め内容の討議はしない旨を決めたこと、しかるに会社側協議員は被解雇者の氏名および会社の就業規則上、解雇事由の該当条項を読みあげたうえ、「この件については即時実行する。交渉決裂だ」と発言し、議長の閉会宣言をよそに、「交渉決裂と認める」といい捨てて退場したこと、そして会社はその約三〇分後に右申請人らに解雇通告をしたことが一応認められるから、右申請人らの解雇については前記趣旨の協議決定を経たものとは認めることができない。また申請人玄間および中村に対する解雇について協議会の協議すら経ていないことは被申請人の自陳するところである。

被申請人は申請人篠原ほか五名の解雇については経営協議会で協議を求めたのに、組合側がこれを拒否して、そのままストライキに入り、また申請人玄間ほか一名の解雇についても、右事情から組合側が誠意をもつて協議する意思のないことが明らかになつた以上、右各解雇については労働協約第六条違反を問題とされるいわれはない旨主張し、組合が申請人篠原ほか五名に対する解雇の撤回を要求してストライキを行つたことは後記認定のとおりであるが、前記経営協議会においては、その経緯から推して、会社側が申請人篠原ほか五名の解雇につき誠意をもつて組合と協議する意思を有したものとは認め難いと同時に、組合側が右事項につき協議に応じない意思であつたことを認むべき疎明もない。したがつて、組合が、その後右解雇の撤回を要求してストライキを行つたからといつて、それだけで会社従業員の解雇が組合との協議決定を経ないでなされ得べき筋合はないから、被申請人の主張は理由がない。

また、被申請人は経営協議会の協議決定をもつて会社と組合の双方が企業経営という共通の基盤の上に立つて相互に信頼し協力しながら行うべきものであるとし、しかる以上もともと企業の破壊を企てる申請人らの解雇については経営協議会の協議決定を要しない旨を主張するが、組合が前記協議会において会社の申請人篠原ほか五名に対する解雇の提案につき正当の理由なく協議を拒否した事情があれば格別、さもない限り組合に経営参加の能力が欠けるものとし、これを無視することは許されないから被申請人の主張は理由がないといわなければならない。

(四)  (解雇の効力)

それならば、会社が申請人らに対してなした解雇の意思表示は労働協約により人事決定につき経営参加を許された組合との協議決定に基かないから、効力を生じる理由がなく、申請人らは右解雇にかかわらず、なお会社に対し労働契約に基く権利を有しているものというべきである。

三次に、会社が申請人らに対し解雇通告の翌日以降、その就労を拒否して昭和四一年一二月以降の賃金の支払をしないことは当事者間に争いがない。

そして、疎明によれば組合は申請人らに対する解雇の撤回を求めて会社に団体交渉を申入れ、その結果を不満とし昭和四一年一一月一四日から全員ストライキに入つたが、同年一二月五日団体交渉の運びとなつたので、これに先立つ同月三日会社に対し同月六日午前九時をもつてストライキを中止し組合員を就労させる旨を通告したことが一応認められるから、申請人らは、その就労を会社が認めるならば、出社して執務する意思があり、またその用意があつたものと推認される。

そこで、申請人らが債務の本旨に従つた履行の提供をなし、また、なしつつあるか否か、一方会社が申請人らの就労を拒否するにつき、それなりの理由があつたか否かを検討する。

(一)  当事者間に争いのない事実および疎明により一応認められる事実をまとめると、次のとおりである。

1 会社は中国のニュース提供によつて在日華僑および日本国民の中国に対する認識を高め、わが国の対中国友好および貿易の促進に寄与することに主眼を置き、これがため中国の国営通信社たる「新華通訊社」その他と特別の契約関係を結んで中国のニュースおよび電送写真の配信を仰ぎ、これを国内の主要な新聞社、通信社、テレビおよびラジオの放送各社、さらには政府機関に提供していた。

そして、会社は通信社としての性格上、当然ながら新華通訊社等から受信する各般のニュースを正確、迅速に翻訳または要約することをもつて結果的には日中両国に利益をもたらすものとして基本的編集方針としていた。

2 また、申請人らは日本共産党(以下、「日共」という。)の党員であつて、日共党員たる他の会社の従業員とともに日共亜細亜通信細胞(以下、「細胞」という。)を組織し、申請人篠原をその細胞長としていた。

3 そして、従前は労使協調して事が運ばれていたが、昭和四一年五月頃から、日共と中国共産党との間に国際政治路線上の意見の対立があらわれ始め、これを反映して、アジア・アフリカ連帯委員会、日中友好協会、中国研究所、日中貿易促進会等、日中友好ないし日中貿易の促進を表明する諸団体に組織の分裂、解散等の混乱が生じたのと前後して会社の内部においても日共党員による次のような行動があつた。

(1) 当時、会社の第二編集部長であつた細胞長の申請人篠原は日共の上級機関の命令であるとして同年七月上旬、当時細胞員であつた会社の従業員安宅善郎に対し会社発行の「日刊ANS国際ニュース」(以下、「国際ニュース」という。)の発送先名簿を内密に提出すべく命じ、また、その頃右安宅に対し国際ニュースを従前のように日共の都道府県委員会宛に見本として発送することを中止すべく指示した(ただし、安宅はこれらの指示命令に従わなかつた。)。

(2) 申請人篠原は同年八月上旬、会社が広島で行わるべき原水爆禁止日本協議会第一二回世界大会(参加者の八割は日共系といわれる。)の会場で日共を暗に非難する内容を含む中国国務院総理周恩来の祝電等を掲載する国際ニュース臨時特集号を配布するため右安宅に出張を命じたところ、安宅に対し日共の上級機関の指示であるとして、右出張を中止するよう説得した。

(3) 申請人篠原は、その頃東京で開催された第一二回原水爆禁止世界大会国際予備会議において中国派一六カ国三二名の外国代表が退場し空席となつた会場の取材写真を海外通信社に発信するのを見合せることとし、その旨を細胞員たる富浦徳に指示した。そこで、右富浦は会社の写真デスク担当従業員、長南芳樹(当時、日共党員)から発信のため写真の引伸しを命じられたところ、篠原の指示があるとして、これを拒否した。

(4) 申請人篠原は同二〇日細胞の班会議において安宅が説得に応ぜず、結局広島に出張して前記国際ニュースを配布したことを遺憾とし、日共の上級機関の指示にしたがつて会社の四部長共同申入れの形式に抗議する旨を報告し、同月二六日会社の部長会議において、いずれも細胞員たる会社の総務部長の申請人川越、第一編集部長の申請人金丸、発行部長の申請人五十嵐ととに会社に対し安宅の右出張業務は日本人従業員の政治的立場上、問題がある、今後は、その立場を尊重し、右のような業務をなるべくさせないよう配慮されたい旨を申し入れた。

(5) 細胞員たる相羽宏紀は会社が同月頃外信として取扱つた速報の翻訳に当り、中国共産党中央委員会の毛沢東主席と訳すべきものを毛沢東議長と誤訳し、細胞員たる平井潤一は会社がその頃、外信として取扱つた中国共産党機関紙、人民日報の社説の速報について、その内容が紅衛兵の行動を讃えるものであるのに、「紅衛兵の行き過ぎ指摘」という見出を付し、また細胞員たる湯浅誠は会社がその頃外信として取扱つた速報の翻訳に当り、日本の著名人の談話を歪曲した。

(6) 細胞は同年九月二一日会社が後記のように、その経営方針および基本的編集方針の徹底を図つたので、同月二六日総会を開き、その緊急対策を協議したが、その際申請人金丸は会社が日共党員たる従業員を排除すべく策動していると報告し、細胞の指導部はこれを前提とし細胞員に対しあくまで会社に残留して会社の策動を日共の上級機関に報告する必要があると強調した。

(7) 細胞員(特定不能)は同年一〇月末頃会社が北京発信の英語電波を受信して英文に打出すため受信周波数を時間帯ごとに固定しているテレタイプの機械内部を、ことさらに操作して右周波数を変更し、これによつて、即時受信を妨げた。

(8) 細胞は同年一一月八日会社が後記のように申請人篠原以下六名を解雇したので、直ちに会議を開いて、その対策を協議したが、その際、申請人篠原は会社から排除される細胞員およびその同調名の生活については日共が救済措置を講じるから心配の要はないと述べた。また細胞員たる申請人川越および金丸は当時、なお細胞員であつた香川孝志に対し日共は党として、いよいよ会社に対し決定的斗いを行うことになつたと告げた。

4 これに対応して会社は次のような措置を採つた。すなわち、

(1) 前記四部長の申入につながる細胞の言動から察して外信速報の編集に対し細胞による作為があることを慮り、同年九月二一日社員総会を開き、前記のような会社の経営方針および基本的編集方針を改めて明示し、その周知徹底を図つた。

(2) 同年一〇月四日申請人篠原が前記安宅の業務に関し反会社的行為したとして、篠原を第二編集部長の地位から解任した。

(3) 細胞員による反会社的行動を未然に防止する必要があるとして、同年一一月八日日共の指令に従い社内に混乱をもたらした等の理由を記載した書面をもつて、細胞の幹部たる申請人篠原、金丸、川越、五十嵐、加藤および河合の六名を、ついで同月一四日同様の書面をもつて申請人玄間および中村の二名を、それぞれ前記のように解雇した。

(4) 同月一四日組合が右解雇の撤回を要求してストライキに入ると、直ちに組合に対しロックアウトを通告し、かつ組合員全員を会社構内から退去させたうえ、以後その立ち入りを阻止し、同年一二月三日組合が前記のように同月六日午前九時をもつてストライキを解除し組合員を就労させる旨を通告したのに対し直ちに書面をもつて同月五日の団体交渉において組合員の就労条件につき話合が付かない限り、ロックアウトを解除する意思がない旨を回答した。

(二)  以上の事実に基いて考えると、細胞員の一部には前記のように取材写真の引伸し作業拒否、外信速報の翻訳、編集上の過誤の所業およびテレタイプ受信周波数変更の所為(これらは労働契約に基き労務給付の過程において労働者に当然要求される忠実義務に違反するものというべきである)があり、しかも、右写真引伸し拒否は細胞長たる申請人篠原の指示にしたつたものである事実、さらに同申請人は細胞員たる会社の従業員安宅善郎に対し国際ニュースの発送先名簿の提出を命じ、国際ニュース見本の日共都道府県委員会向け発送の中止を指示し、国際ニュース特集号配布のためにする広島出張を中止すべく説得し(これらの工作は安宅の応じるところとならなかつた。)、また右申請人ほか、いずれも細胞員たる申請人五十嵐、金丸および川越の三部長は細胞員の右広島出張業務を機縁として日本人従業員にその政治的立場と相容れない業務を課さないよう配慮されたい旨を会社に申入れた事実があるから、前記のような客観情勢に照せば、申請人らの就労を受け容れるときは、その就労過程において申請人らのうちには日共党員としての政治的考慮により細胞の指示に従い会社の業務を左右する挙に出るものがないとは必ずしも保し難いものがある。

しかしながら、疎明方法たる書証中、細胞が日共の中央委員立木洋の指導のもとに会社の業務を妨害し、終局的には事業の破壊を目的として陰謀を企んでいた旨の記載は当事者審尋の結果に徴しても、とうてい採用し得ないし、その他、日共の上級機関から細胞に対し、また細胞の指導部から細胞員に対し、一般的指令として会社の業務を積極的ないしは消極的に妨害すべく通告された事実のあることを認むべき疎明はなく、また申請人らが各自そのような意図を抱いていたことを認むべき疎明もない(なお、細胞は前記のように会社に日共党員たる従業員を排除する策動があるとして、その対策を討議し、篠原細胞長その他から日共が細胞員らの生活につき対策を有し、会社に対し決定的斗いを行う方釘であることが表明されたが、これによつて会社による細胞員の処遇に対する受身の方策以上のものが示されたものとは認めることができない。)。

したがつて、少くとも組合が会社に通告したストライキ解除の段階においては会社としては仮に申請人らのうち就労に際し再び前同様の所業をなすものが現われたとしても、その具体的所為につき個別的に対処することによつて十分に企業秩序を維持し得ない事態にあるものと認めるのは早計であるから、申請人らは他に特段の事情がない限り、会社がロックアウトを解除するならば何時でも会社の指揮命令したがつて労務を提供すべく準備し、これを継続しているものと認めるのが相当であり、これにより労働契約に基く適法な履行の提供があるものというべきである。と同時に会社が申請人らの就労を予め概括して拒否することを信義則上肯認するに足りる客観的事由はないものというほかない。

それならば、申請人らは労務給付の債権者たる会社の責に帰すべき事由により昭和四一年一二月六日以降就労することができなかつたし、将来も会社の態度に変更がない限り、同様の状態が続くものというべきであるから、反対給付たる同日以降の賃金の支払を受ける権利を失わない。

なお、会社は前記のように組合のストライキ解除後もロックアウトを解除していないが、それは単に申請人らの就労態度に対する懸念に出たものと認めるのが相当であつて、組合との間の経済的紛争を有利に導くため組合に圧力を加える争議手段としてなしているものとは認められないから、会社は右ロックアウトによつては申請人らに対する賃金支払義務を免れるものではない。

(三)  そして、申請人らが会社から支給される一カ月の基準賃金(固定給部分)がそれぞれ別紙債権表(A)記載の金額であること、会社における賃金支払方法が毎月一日から末日までの賃金を当月二五日に支払う定めであることは当事者間に争いがないから、申請人らは、それぞれ会社に対し昭和四一年一二月六日から三一日までの同表(B)欄記載の賃金の支払および昭和四二年一月以降毎月二五日の支払日到来と同時に、同表(A)欄記載の賃金の支払を請求し得べきである。

申請人らは、その他同表(C)欄記載の賃金債権の存在を主張するが、これに対応する期間は申請人らにおいて組合の行つたストライキに参加していたものと認められるから、右主張の賃金債権は発生するいわれがない。

四次に申請人らは疎明上明らかなように会社から支給される賃金によつて生活していた労働者であるから、ほかに特別の事情がない限り、会社から従業員としての地位を否定され賃金の支払を受け得ないときは、著るしい損害を蒙るおそれがあることを推認するに難くなく、会社に対する従業員たる地位ならびに賃金債権につき仮の地位を定める保全の必要があるものといわなければならない。

五よつて、本件仮処分申請における被保全権利中、別紙債権表(C)欄記載の賃金債権を除く、その余につき保証をたてさせないで相当の処分をし、右記載の賃金債権については保証を立てさせて仮処分を命じるのも相当でないから、申請を却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。(駒田駿太郎 高山 晨 田中康久)

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